【感情を滞らせない】心持ちは流れる川のように 1/2
からの続きです。 


以前は、イライラやモヤモヤなどの負の感情をしつこく手元に溜めこんでは、ずっとしんどかったり、自己嫌悪に陥ったりしていました。 

それが、まぁいっか!どうでもいいや!といい加減になれたり、流せるようになれたのは、歳を重ねて自分の性質や性格を、自分で理解し受け入れられたこと。 
それと、一番素の状態というか、無理したり、繕ったりせず、楽に自然に過ごしている時の自分を家族が受け入れてくれていることが大きいです。 

暮らしの、人生の土台となる家族が、自分が一番楽で生きやすい姿を、欠点や好ましくない面も含めて受け入れてくれている。 
このことが、こんなにも自分を強くしてくれる支えになるとは……! 
すごいなぁって思います。 

圧倒的に大切なものがあると、本当に楽ですね。 
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「譲れないもの」と「それ以外」に分けやすくなるから、どんどん寛容になれる。 
大昔から宗教が支持される理由はこれか、と分かる気がします。(私は無宗教ですが) 


だから、いつも私の心の中の天秤の片側には「家族の健康と幸せ」がのっています。 

職場など家族以外との人間関係で、イライラしたりモヤモヤすることがあっても 
「いや、私には私を受け入れ大切にしてくれている家族がいる。 
その家族がみんな今日も元気で、だれも大きな困難を抱えていない。 
その幸せとありがたさを思えば、それ以外のことはまぁどうでもいいな」 
そんな風に思えます。 

簡単にはそう流せないような時でも、私は根は心配性のマイナス思考なので 
「もしも家族にもう会えなくなったり、彼らが病気や怪我に苦しむことになったら……」 
そんな想像をするだけで、その時に抱えるであろう辛さややるせなさを思えば、やっぱりそれ以外のことは極論から言えば「まぁいっか!」となります。 


家族に対してのイライラやモヤモヤは、それこそ「点」でのこと。 

家族が私に対してそうしてくれていることのように、私もそれぞれの欠点を含めて彼らを受け入れています。 

そして、長い時間を一緒に過ごしてきた中で、彼らの良いところ、愛おしい面をたくさん知ってきました。 

だから、もしもイライラモヤモヤすることがあっても、そんな面や言動が、彼らの全てではないと分かっているし、ぶつかったりケンカしたとしても、そんな面を含めて、彼らの存在そのものが愛おしく思えます。 
(もちろん、怒鳴ったり怒ったりはするけどね) 

世の大半の母たち(妻たち)は一緒でしょうが、腹立たしかったり憎らしく思うことも大事に思うからこそ。 

だからこそ、「点」でイライラしたり怒ったりすることがあっても、彼らそのものを否定したり、過ぎた時間にまでその感情を引きずるまでのことはないですね。 

「元気でいてくれたらそれだけで。さらには幸せを感じてくれていたら……」 
どんなイライラやモヤモヤも、この圧倒的な願いの前ではちっぽけなもの。  


ちなみに、家族とぶつかったら、私は敢えてお互いに落ち着いた時に 
「あの時のあれはなんやったん?」「私はこう思った。あなたはどう感じた?」 
とお互いに認識していた状況と抱えた感情を言葉にしてやり取りし、後腐れやわだかまりが残らないようにしています。 

夫とはもちろんのこと、子どもたちとも彼らが小さい時からずっと。 

さらにはお互いの言動がお互いの目にどう映っていたのかを言い合ったりも。 

その際は、ひどい言動をとってしまったならそのことを謝るのはもちろん 

「あの時、ママめっちゃ怒ってたね。顔真っ赤やった。ブスかった~!笑。」 
「アンタこそ、なんか逆ギレして訳分からんこと言ってたけど、あれ、自分でも言いながらヤバ~!って思ってたやろ。最後しどろもどろやったで。吹き出しそうになったわ~!笑。」 

なんてことも言い合うのですが、コレ、ぶつかった後はお互いに感情的になったことを恥ずかしく思っていたりするので、それを笑い話にできてオススメです。