「思いや考えを言葉にして伝えあう」 
幼いころからそういうものだと思って暮らしていたら、思春期や反抗期の時期に、もしもそんなやりとりが一旦途切れてしまっても、その時期を過ぎたらまた当たり前のように言葉でもやりとりできる関係に戻れるのではないかなぁと思っています。
そして、今度は子どもたちと気の合う大人同士の付き合いができる関係に進めるのでは?と。

そんな思いから、私自身、自分が何に対しどう感じ、どう考えているのか、を毎日の暮らしの中で詳細に子どもたちに伝えています。 

「今日はこんなことがあってママは悲しくて~。泣いたわ~」などと、その内容は情けなくて子どもに聞かせるべきではないことも時にはあるかもしれませんが、親の威厳なんてものは私にとってはどうでもよいのでお構いなしです。 

大切なのは 
私はあなたたちにとっては「ママ」だし、パパからしたら「奥さん」だけど、その前にあれこれ思い、考える一人の女の人なんだよ。 
ということを伝えることだと思っています。 

そして子どもたち自身も、私にとっては「子ども」「息子」であり、兄弟からすればそれぞれ「兄」であり、「弟」であるけれど、その前に一人の男の子としてこの世に生まれ、社会とつながりをもって生きているんだよ。 
ということを感じてほしいと思います。 

お互いがお互いをなんらかの役割に当てはめるのではなく「個」として大切にし合いたい。 

そして、そんな関係を築き、互いの理解を深める為には、思いや考えをやりとりできるようになりたいな、と。 


私は「親子は仲良くて当たり前」とか「親は子を深く愛するもの」「子は親を大切にするもの」と決めつける考え方はよく分かりません。 

たまたま縁があって親子になれただけで、気が合うとか、愛し合えるかなんて、そんなこと当事者でないと分からないこと。 
「親子」という関係から当たり前に導かれる結果ではないと思うからです。 

勝手に産ませてもらった親の立場から、子への無条件の愛情にはもちろん共感しますが、子から親への思いは子どものもので、大切に思ってもらえることを親が期待するのも、増してや強制するなんてことは、どういうことなのかがよく分からないのです。 

親子の関係も、他のいろんな人間関係と同じで 
「やさしさや信頼のやりとり」 
を重ねて作られていくものだと思います。 

子どもは幼いうちは無条件に親を求め愛してくれます。 
だけど、思春期を過ぎて大人になった時に、子どもが「親」としてだけこちらを求めてくるのか、それともそれらに加えて、一番近くにいる「共に時間を過ごそうと思える大人」「面白い人だなと興味を持って接してもらえる大人」として見てくれるようになるかは親次第。 

私はできたら「親子」の関係を越えたところでも、必要とし合い、愛し愛される関係になりたいです。 
(口で言うのは簡単で、それはきっととても難しいことなのでしょうが……。苦笑) 


そんな思いから、今の私が子どもたちにできる働きかけには果敢にトライしているつもりです。 

「良いことが習慣になるように」のひとつとして「想いや考えを言葉で伝える」ことを大切にする。

それが今のところはなんとなくうまくいっているような気がするので……
これから先、子どもたちの態度がそっけなくなる時期があっても、めげて距離を置き過ぎない母で居続けたいな~と思います。 



*** 
うーん。。。 
なんか最初に書きたかったことから脱線してますかね。笑。
「どうしたら〜?」のお答えになっているかな。 

子育てって「正解」とか「成功」なんてないんじゃないかなーって私は思います。

ただ分かることは、子どもたちが健康で毎日を楽しく過ごしてくれて、さらに親子にとって一番心地良い関係をつむげたら、それは間違いなく幸せだな~ってこと。

人ぞれぞれ自分にとっての「一番心地良い関係」を親子でつむぎ、幸せを感じて暮らせたらいいですよね。

毎日の暮らしの中では、子どもとの関わりにうーんと頭を抱えることも、時にはありますが……
なるべく望む関係になれるように私も日々努めたいです!